ito wokashi

掃除のしやすいお部屋作り

断捨離で大切な事

 

 

光陰矢の如し

 

季節は夏に向かっております。

ここで、冬に書いていたであろう書きかけの文を載せておきたいと思います…(˶‾᷄ ⁻̫ ‾᷅˵)

 

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ここ最近、一気に冬。

残念、秋なら体動くのに冬になると全くだめなのです。

冬眠前のクマのように( 最近はクマ出没ニュースが多くて怖いですね。)、なんか無性に食べたくなるし、これは脂肪を蓄えようとしているのかな?

もう、たくさんあるのに??

 

さて、断捨離熱もセンサーもだだ下がり、おまけにメンタルもだだ下がり、これはまたブログ休眠期になる予感しかなかったので、こんな時にもつらつらと( ダラダラかな^_^)書けるようになっておこうと、文字を垂れ流してみました。

 

相変わらず、キッチンはいつでもリセット出来る感じです。

物の定位置が決まっていれば戻すだけなので簡単なのは昔も今も同じはず。だけど昔より今の方が戻しやすいのは物が減っているからなのかなぁと思います。

もうちょいしたらもうちょい減らせるかなー。

本当はらもう使ってないな、という物があって断捨離しようか迷い中なのです。

それは4月に揃えたお兄ちゃん用のお弁当箱。

高校生になってお弁当生活が始まるにあたって買ったもの。

最初はどのくらいの量が良いのかも分からず、一生懸命作っていましたが、あんまり量はいらないと言われ、途中心が折れながら続けて来た結果、曲げわっぱのシンプル弁当にたどり着きました。

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@i_____tobento

ほぼほぼおんなじ弁当。

 

なので最初に使っていた2段弁当箱や100均で買った物などは全く使わなくなってしまったのです。

あと理由として曲げわっぱが使いやすい。

しかも洗いやすいのです。

お兄ちゃんが持ち帰ったお弁当箱はすぐに洗って乾かします。

コレが自分でも信じられないくらい簡単に出来るのです。

前は帰って来たお弁当箱をお水にしばらく浸けたまま食洗機をする時までそのままだったのに、曲げわっぱは食洗機が出来ないので直ぐに洗ったら拭いて乾かして、というふうに習慣化されるようになりました。

たぶん大切にしたいという思いと、スルッと落ちる簡単さが習慣化に繋がったのかなぁと思います。

使わなくなったお弁当箱、断捨離候補だよねぇ。

なのに捨てられないのは何故でしょう。

勿体ない。

いつか誰か使うかも。

お弁当箱なんて何個かあった方が安心?

こんな感じでしょうか?

 

勿体ない→100均だったらまだいいけど、そこそこして買った物。

いつか誰か使うかも→娘や旦那さんもたま〜にお弁当あるかもだし。

お弁当箱なんて何個かあった方が安心?→曲げわっぱ洗い忘れたり、量をもっと増やすようになったり?壊れちゃったり無くしちゃったり⁈

 

コレを断捨離的に変換してみます。

 

勿体ない→使って無いもの持ち続ける方が勿体ないってさんざん経験してきたよね。

いつか誰か使うかも→いやいやー娘は使いたがらないし、旦那さんは量要らないって言ってたし。誰も使わないよ?

お弁当箱なんて何個かあった方が安心だし→いつか、もしも、何かの時、未来の心配してたらキリがないよね。あなたはいつを生きてるの?

って、散々経験してきたからわかる、手放しても後悔はしないであろう事。

 

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ちゃんと分かってるのに出来なかったこと。今現在はお弁当箱はいくつか手放しました。最近また断捨離復活祭なので頑張ってます。

その後押しをしてくれているのが最近買った本。

やましたひでこ さんの断捨離本は何冊か読んでますが、この本が今の私には1番わかりやすい!!と思いました。もー長年断捨離してるから分かりきってることなんだけれど、それを踏まえて再確認させてくれる内容です。

上の投稿記事を読んでみると、今なら分かります。その時の私に足りなかったのはすぐに行動するということ。いろいろぐちゃぐちゃ考えてるよりもまず、手を動かさなきゃならなかった。

だけど、1つだけ言い訳をするならばこの期間は本当にメンタルがやばかったのです。

そんな時はやっぱり身体は動いてくれません。

だけど、目の前のゴミをゴミ箱に入れて、吹き溜まりのように蓄積した物に違和感を覚えて、そして手を動かした時、少しずつメンタルは回復していくような気がします。

だから、動けなかった自分を責めるのは違うのかな、と思うんです。

もし、今メンタルが急降下中という人がいるならば、とにかく自分を癒して欲しい。そしてゴミを1つでも捨てられたらきっと大丈夫、そう思って欲しい。

急降下がおさまって、落ちるところまで落ちたら、ゴミを捨てながら上って行けばいい。

断捨離は、いつでもいつからでも始められる。

やましたさんの言葉は本当に確信を突いていて、それでいて優しいのです。

 

 

 

光陰矢の如し、けれど石の上にも三年。